もずWrite

アラサーで始める備忘録

キャンプしてみてのこと

昨日念願のキャンプツーリングを決行した。

いろいろと反省点があるので列記していく。

 

反省点①:準備

準備だけで大幅に時間がかかり、10時出発の予定が

11時になってしまった。

 

反省点②:器具のメンテ不足

LEDランタンを使用したのだが、普段から散歩で消費

していたのを充電せずに持っていったのが災いして夕

飯の途中で薄暗くなってしまった。

 

反省点③:勉強不足

説明書を読めばテントの張り方は時間さえあれば設営

できる。しかし、撤収は何も知らずに行ったので倍の

時間がかかってしまいチェックアウトぎりぎりに・・・。

 

反省点④:足りないもの

飯盒をメインに調理を行う。飯盒と中子で炊飯し、蓋

をフライパンにして炒め物をする。汁物の用意ができ

ない。シェラカップひとつ足せば皿にもなる。

 

反省点⑤:使わないもの

LEDランタンに劣る光源のハリケーンランタンはバイ

クの積載量、別途灯油が必要なことを考えれば持って

いかないという選択肢になった。

 

改善することを以下にまとめる

 

①準備について

まぁ当たり前だけど出発の朝ではなくて前日や前々か

ら済ませておくことに限る。

慌てて準備すると忘れ物も発生するだろうし、出かけ

る前から一仕事で疲れてしまう。

 

②器具のメンテをする

器具は長い間使用しなかった場合には点検を入念に行

う。消耗品は予め用意しておく。

 

③勉強不足は実践あるのみ

こればかりは経験値を積むしかない。今回のキャンプ

で基本的なことはできたと思う。段取りがわかればあ

とは慣れだ。

 

④足りないものを買い足す

必要な装備はある程度揃っているが、それでも足りな

い物は少なからず出る。快適にしようとすればする程

余計なものが要る。バイクなので積んでいけないこと

を考えればある程度妥協せざるを得ない。

本当にそれが要るのか?よく検討しておく。

 

⑤使わないものはキャンプ装備から外す

ハリケーンランタンは光こそ弱いが雰囲気は最高だ。

しかし、少数精鋭にせざるを得ないキャンプツーリン

グにおいては留守番だ。何か別の機会で活躍の場を設

けたいと思う。

 

ざっと思いつく反省点と改善点をあげた。

これを基に10月の長野遠征は成功させたい。

まずは寝袋が寒さに耐えられるか?気温データから調

べて必要なら寒冷地仕様にする。

これに懲りず長く続けていきたい。

 

 

このブログ(チラ裏)を忘れて数ヶ月

毎日ブログを書く習慣が無いというのはそのとおりである。

Twitterでしょーもないことばかりつぶやいて日記だとか、

考えのログを残していることでここ(HatenaBlog)の存在

意義が薄れたのも事実。

さて、一文の得にもならない冒頭はこのくらいにして・・・

 

ここ数ヶ月のことをまとめる。

 

6月

某大会の後遺症で足の痛みと付き合いつつ

日本三大縁日を横目に仕事という日々。

当然SRに乗ることは無く、休日は家に篭る。

 

7月

放送大学で資格習得の為にいろいろとやらなければなら

ないのを怠り、単位認定試験のため1週間ほど外泊す。

その前々日にあった職場の暑気払いの焼肉は値段の割に

普通だった。

 

8月

やっとSRに乗ることができたが、ダムカード集め程度。

気の知れた連中とプチ同窓会(毎年恒例)をすると以外

にも俺の貯金ペースが素晴らしいと判明する。

実家暮らし最強!

 

○これらを踏まえて

 

①足は完治したものの、未だSRでキャンプツーリングを

できないまま夏が終わり途方に暮れる。

今月の休みで何としてもキャンプデビューを果たしたい。

 

放送大学は残念ながら1つ単位を落としてしまった。

後期の単位認定試験までに猛勉強してキッチリ回収だ。

 

③確かに貯金はできているが、連中の昇級ペースと違っ

て俺はこのままなら昇級なしの非常勤で終わる。

資格を取得して正規に昇格せねば金だけは手に入らない。

安定した収入の為に舵を切るなら今が最後のチャンスか?

 

30歳を手前にしてやっと○○したいという願望めいたもの

が芽生えてきたように思う。

この調子で意欲的に日々を過ごすこと。

周りに感謝することを怠らぬよう生きる。

 

しょーもない人生だと思うならそのとおりになるだろう。

そこそこだと思えば適度に事が運ぶだろう。

最高だと思えるなら身の程をわきまえているのだろう。

最低だと考えたら些細なことも災厄に感じて疑心暗鬼。

何事も考え様である。

 

つまりは、Let it be .

なすがままにってことか。

 

 

 

日本円が目減りするということは感付いて然るべき

財布の中の1万円が本当に1万円の価値を持っているのだろうか?

税金や物価が上がっているのに給与がそのまま。

つまり、1万円が9千円くらいの価値に下がっているのでは?

そう疑わずにはいられない。

 

事実消費税だけで話をすれば、

消費税が導入される前は1万円=1万円だった。

それが5%では1万500円と、500円余計に払う。

それは1万円が9500円になったということ。

今は8%なので9200円だ。

このまま増税を許せば8000円くらいにまで価値が下がる。

 

そう。

箪笥貯金でも銀行預金でも構わないが、預けているうちに

どんどんと1万円の価値は下がり続けている。

1万円に対して800円ではダメージが伝わりにくい?

なら1億円が8000万円に、

ロト6で4億円当選しても実は3億2000万円と言われたら?

 

このまま1万円(お金)の価値が下がることを見過ごせば、

欲しいサービスに余計に支払わなければならない。

その分必死に働かなければならない。

ということは労働時間がもっと必要になる。

案外定年が65歳までと延びたのはそういうことか?

 

日本円に依存しないという選択肢を本気で考えるときか?

といってもビットコインの波には乗り遅れたさ・・・

 

 

出稼ぎ税を提案する

東京23区などの人口が多い都市圏においては仕事も数多あるものと考えるが、

人口の流出が止まらない田舎は仕事が全然無い。

 

その少ない仕事を街をまたいで通勤して従事している人らが居る。

ただでさえ少ない椅子を取り合っているのだから地元の人間は職にあぶれて他所へ出稼ぎに行かなければならない。

すると、通勤に片道1時間以上要するためマイカーは必須となる。

公共交通網が都会に比べて衰退かお陀仏状態なので1人につき1台車が要るのだから田舎のディーラーは儲かってしょうがない。

そして通勤時間帯は我先に出社せん、帰宅せんと速度超過は当たり前。長距離を運転すればそれだけ排ガスも出る。

これで良いのだろうか?

街は住民の職場を他所の街から来る人間においそれと提供して良いのだろうか?

よほど優秀な人間ならさておき、街に会社にとって必要な人材なんていくらでも居るだろうに。

それなら無駄に通勤手当を支給せず、近場に住まう地元民を雇おう。

労働者にとっても17時過ぎにあがって帰宅が18時前後と、早く帰り早く休めるではないか。疲れた体で更に帰宅するために疲労を招く運転をして帰る。なんと愚かなことか?

会社のある街に住民票がない従業員からは、その距離に応じて逆に地元民から職を奪っているという名目で出稼ぎ税を徴収すべき。

その基準としては出稼ぎしてもらってでも欲しい人材か否かという点で判断する。

別にどこにでも居る普通の人を雇えばいいのなら、わざわざ課税されてまで働きに来るドMは居るまい。

なんてことを帰宅中に追い越し車線と走行車線を駆使してジグザグに運転しているナンバーの車を見て思う。

そんなに必死に急いで帰るより、近場に仕事を求めれば良いのに…と。

あ、ヤバイ人だから地元からあぶれて出稼ぎに来ているのね。

そういうことですか…。

仮にそうだとしても○○ナンバーの車が地元の道を荒らしているわ。

 

こちとら住民流出が止まらぬ人口○万そこそこの市だけども、お前ら人口10倍以上ある大都市だろ?そこに就職して職を、椅子を取らないでくれたまえ。

 

出稼ぎ税が導入されたら○○ナンバーが減るのかな?

それとも産業が衰退して皆でお陀仏かな?

思いつきなのであまりマジレスはいらんけども…

 

幸せになる努力

この国では良い大学を出て、良い会社に勤めれば安泰だという人生モデルが長らく推奨されてきた。と、勝手に思っている。


何となく大学に入ったが、受験を終えて燃え尽きる奴。

やりたいことがあり、入学後も一生懸命な奴。

やりたいことがあるが、大学は必要ない奴。

諸事情により大学に通えない奴。


色んな進路がこの時点であり、この先も何となく就職するのか?

何社落ちても果敢に夢を追うのか?

明確に違いが出てくるのは就職だろう。

またこれからの人生の歩み方は、

エスカレーターかロッククライミングかの違いに大きく分けられるだろう。


黙って乗っていても目的地に着くのと、

その都度最善を尽くさなければ落ちる人生とでは、後者の人間が頑張っているのは明らか。

目的地が適当、道中もぬるいままが決して悪いことではない。

しかし、何もしなければ何も手に入らないのが真理とするならば、ロッククライミングしたほうが得るものは多い。


今現在特に目的地がない奴は崖の上を目指せとは言わない。

向こうに見える木まで辿り着こうとか、軽い挑戦から始めて、徐々にステップアップする。

ここでやってはいけないのが他人と比較すること。

できる奴は何をやらせても上手くやってのけるし、出来の悪い奴は時間がかかるのは人類誕生から今日までずっと変わらない事。


他所様は他所様と、マイペースに幸福を求めて何ら問題ない。


何をしても自由、しなくても自由。

そこに立ち返って自分なりに幸せになる努力を


田舎と都会

田舎に住んでいる者として何となく都会と違う点を挙げて住み良いのはどちらかを考えてみる。

 

田舎はそもそも人口が少ないので仕事自体が椅子取りゲームのそれであり、就職するには職種もさることながら会社があまり無い。

 

中には日本の産業を支えるシェアの高い優良企業もあるが、ほとんどが中小ないし零細企業であり、給与は低くボーナスが期待できない会社も存在する。

 

会社の数が少ないので、住んでいる街ではなく隣町、或いは更に隔てた都市に通勤しなければならないため通勤時間が長い。

 

もちろん公共交通機関はお陀仏なのでマイカー通勤が必須であり、マイカーを用意しなければ働きに行くことさえ叶わない。

 

当然ながら車は給油しなければならず、また車検や重量税などの維持費が嵩む。それは通勤手当で微量ながら補えるが、ほぼ自腹でまかなわなければならない。

 

何年も乗っていれば車を買い替えなければならず、それは軽自動車なのか?SUVなのか?何に乗るのかにもよるが、今は軽自動車でも100万円を越す。

 

田舎であっても皆が持ち家とは限らず、通勤の距離や諸事情でアパートなどの賃貸住居で暮らす。その場合は立地条件が良ければ当然高い家賃であることは都会と変わりないことであるが、先ほど述べた自動車の維持費があるので支出はできるだけ抑えたい。

 

ここまで色々と記述してきたが、

車の維持管理費>>>電車通勤に係るお金

であることは単純明快であり、住居費は田舎と都会にさほど違いは無いと仮定すれば、

田舎の給与が都会より高い水準でなければ豊かにはなれない。

 

しかし、田舎も漏れなく核家族化が定着している。

実家住まいなら生活費を家に入れて自由に使えるお金が割りと発生するのだが…

夫だけの給与でやっていけることはごく稀であり、基本は共働きだ。

パートをする職場というのも都会のそれと違い少ない。

都会より良い点は保育所・幼稚園の待機児童が居ないか少ないことくらいか?

 

また、花の金曜日だのプレミアムフライデーとマスコミは言うが、

車社会の田舎において飲酒は代行かタクシーを呼ぶ羽目になる。

仕事終わりに飲みに行くような店があるか無いかにもよるが、

基本的に家にまっすぐ帰って晩酌する他ない。

なぜなら終電・バスは早い時間になくなり、帰宅困難だから。

私の住んでいる街は終電・バスが20時だ。

18時から飲んでも2時間未満で切り上げなければアウト。

二次会?それは迎えを呼ぶかネカフェに泊まることを考えないとダメ。

 

さて、学生の頃は都会で社会人になってからは田舎という生活経験から比較してみたのだが、おおよそ当てはまるようなものになったと思う。

 

田舎の良さはもちろんあるのだが、人口流失が物語るように住みよい場所へ移るのは必定である。それを改善せんと自治体も必死であり、効果があって人口が増えた例もあるが、まだまだ過疎化は歯止めが利かず地方の衰退は今後も首長の頭を悩ませる問題であり続けるであろう。

 

 

楽しいという基準(後半)

趣味も仕事も楽しいという基準で続けるか否かという話の続き

 

趣味に関しては先回述べたように、付き合いで仕方なくやっているくらいなら

悪いことは言わない。辞める勇気を出してやめるべきと申し上げた。

 

仕事に関しても同様に、楽しいと思えないのなら転職して天職を見つけること

を目指してはどうか?と。

 

さて、楽しいと思える・思えないの境界は?

楽しいと思えるとしたらなぜなのか?

これを考えてみようと思う。

 

楽しいと思える境界についてはストレスの度合いによるものだと考える。

仕事に対して全くストレスが無い人間は居ないと思うが、あまりにストレス

を感じているのなら、仕事を楽しむことはできないだろう。

 

通勤が苦痛、上司に叱られる・折り合いが悪い、客とはいえ横暴な振る舞い

が耐え難い…など

 

例えば10個の項目を設けて半分以上をストレスに感じていたら、あなたは

ストレスを受けるために朝起きて家に帰るまでを過ごしていることになる。

そこに楽しさがない以上はどう考えても苦痛でしかない。

 

反対に仕事にやりがいを感じ、苦痛とは思わないような人は向いているか

ら上手くいく、あるいは上手くいく努力を怠らず、またそれを苦痛と思わ

ない。ここまで書くと受け取り様じゃないか?とも取れる。

 

少し脱線するが、アリにも働きアリとサボりアリとが居る。

何割かは忘れたが、働きアリを他へやるとサボりアリが働きアリ化する。

受け取り様とはいったが、働きアリタイプで働くことは自然な人と、サボ

りアリの様にサボることでは人間社会生きてはいけないが、仕事を苦痛に

感じる人に分類できるのではないか?

 

そう考えると働くことが苦でない人と、苦に感じてはいるが頑張る人、

まったく働かないニートなど、いろいろ居ても不思議ではない。

自分がどのタイプなのかわかれば多少救われるかもしれない。

 

働きアリにとって働くことは楽しい

サボりアリは嫌々働くか、まったく働かない

 

自分が後者だとわかったら

決して仕事が楽しくない、苦痛に感じるということは悪ではない。

むしろ自然なことであり、楽な仕事、多少向いている仕事を探すなど

ストレス軽減を。

たとえ仕事は楽しくないとしても人生は楽しくしたいものだ。

そういう努力をする方が無理に仕事を好きになろうとするより健全。

サボりアリにとって仕事は苦役なのだから。

 

サボりアリでも、いつか仕事を楽しめるようになれたとしたら、

それは働きアリになったときかもしれない。

そんな日が来るのか来ないのかは人それぞれであるが、

やはり気の持ち様、受け入れ様なのだろう。

 

どうしたら楽しく働くことが出来るのか?

次回はこの辺をもっと考えてみたい。