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もずWrite

アラサーで始める備忘録

楽しいという基準(後半)

趣味も仕事も楽しいという基準で続けるか否かという話の続き

 

趣味に関しては先回述べたように、付き合いで仕方なくやっているくらいなら

悪いことは言わない。辞める勇気を出してやめるべきと申し上げた。

 

仕事に関しても同様に、楽しいと思えないのなら転職して天職を見つけること

を目指してはどうか?と。

 

さて、楽しいと思える・思えないの境界は?

楽しいと思えるとしたらなぜなのか?

これを考えてみようと思う。

 

楽しいと思える境界についてはストレスの度合いによるものだと考える。

仕事に対して全くストレスが無い人間は居ないと思うが、あまりにストレス

を感じているのなら、仕事を楽しむことはできないだろう。

 

通勤が苦痛、上司に叱られる・折り合いが悪い、客とはいえ横暴な振る舞い

が耐え難い…など

 

例えば10個の項目を設けて半分以上をストレスに感じていたら、あなたは

ストレスを受けるために朝起きて家に帰るまでを過ごしていることになる。

そこに楽しさがない以上はどう考えても苦痛でしかない。

 

反対に仕事にやりがいを感じ、苦痛とは思わないような人は向いているか

ら上手くいく、あるいは上手くいく努力を怠らず、またそれを苦痛と思わ

ない。ここまで書くと受け取り様じゃないか?とも取れる。

 

少し脱線するが、アリにも働きアリとサボりアリとが居る。

何割かは忘れたが、働きアリを他へやるとサボりアリが働きアリ化する。

受け取り様とはいったが、働きアリタイプで働くことは自然な人と、サボ

りアリの様にサボることでは人間社会生きてはいけないが、仕事を苦痛に

感じる人に分類できるのではないか?

 

そう考えると働くことが苦でない人と、苦に感じてはいるが頑張る人、

まったく働かないニートなど、いろいろ居ても不思議ではない。

自分がどのタイプなのかわかれば多少救われるかもしれない。

 

働きアリにとって働くことは楽しい

サボりアリは嫌々働くか、まったく働かない

 

自分が後者だとわかったら

決して仕事が楽しくない、苦痛に感じるということは悪ではない。

むしろ自然なことであり、楽な仕事、多少向いている仕事を探すなど

ストレス軽減を。

たとえ仕事は楽しくないとしても人生は楽しくしたいものだ。

そういう努力をする方が無理に仕事を好きになろうとするより健全。

サボりアリにとって仕事は苦役なのだから。

 

サボりアリでも、いつか仕事を楽しめるようになれたとしたら、

それは働きアリになったときかもしれない。

そんな日が来るのか来ないのかは人それぞれであるが、

やはり気の持ち様、受け入れ様なのだろう。

 

どうしたら楽しく働くことが出来るのか?

次回はこの辺をもっと考えてみたい。